ごあいさつ

百年の味を、今日の一丁に繋ぐ。

郡上の朝、豆が香る。

豆腐屋「甚四郎」を営む、伊藤雅史と申します。
かつては市役所に勤めておりましたが、令和4年、明宝振興事務所長を最後に退職。これからの人生をどう生きるか――その問いの先にあったのが、家業である豆腐屋の再興でした。
この明宝地区では、私の祖父母、両親と三代にわたり豆腐を作り続けてきました。けれど平成12年、両親の引退とともに100年続いた家業は幕を閉じました。そして気づけば、地域に豆腐屋は一軒もなくなっていたのです。
「この土地に、豆腐の香りをもう一度。」
そんな想いから、20年ぶりに「甚四郎」の暖簾を掲げることを決意しました。

釜炊き製法

道具も設備もゼロからのスタート。運よく見つけた中古の製造機材を集め、一から豆腐作りを学び直しました。
大豆を一晩水に浸し、石臼ですり潰し、じっくりと釜で炊き上げる。現代では蒸気加熱が主流ですが、私はあえて手間のかかる昔ながらの製法を選びました。30分以上かけて炊き上げることで生まれる、香ばしく深い味わい。そのひと口に、郡上の風土と時間が染み込んでいます。

郡上を愛し、愛される

郡上の恵み

主力商品は、450gの「釜炊き木綿豆腐」。
使用するのは、地元・岐阜県産の大豆「フクユタカ」。タンパク質が豊富で、しっかりとしたコクのある豆腐に仕上がります。試作と試食を繰り返し、ようやく納得の味にたどり着きました。
毎朝3時半から仕込みを始め、すべて私ひとりで手がけています。妻は別の仕事をしながらも、味の確認や価格設定など、陰で支えてくれる頼もしい存在です。

地域の営み

豆腐屋として再出発する前、私は「明宝ジビエ研究会」を立ち上げ、シカの解体・精肉加工を手がけてきました。ジャーキーやウインナーは高級レストランにも卸しております。
また、若手の営農組合員として田んぼの維持活動を行い、「甚四郎棚田米」の販売や、都市住民向けの農体験イベントも開催。今後はブルーベリーの観光農園も計画しています。

「甚四郎」の名に込めたもの

この屋号は、伊藤家の歴代当主が代々名乗ってきた名前です。
豆腐、米、ジビエ、地域の知恵と自然の恵み。それらを受け継ぎ、繋いでいく覚悟を込めました。
現在は木綿豆腐、絹ごし豆腐、油揚げの3品を製造していますが、寄せ豆腐や季節の味(山葵入りなど)の開発にも取り組みたいと考えています。

次の世代へ

今のところ、東京と海外で働く息子たちが後を継ぐ予定はありません。
ですが、最近になって下の息子が「作り方を教えてほしい」と言ってくれました。
私もかつて父に教わったように、少しずつ伝えています。
この豆腐の味が、そして製法の心が、次の世代にも届いていくことを願って。

豆腐は、土地と水と人がつくるもの。
だからこそ、ここでしかできない味を、心を込めてお届けします。
どうぞ、「甚四郎」の豆腐をお楽しみください。
— 伊藤 雅史