
明宝とうふ 甚四郎 伊藤雅史さんインタビュー
1. 豆腐屋再開のきっかけと想い
Q:もともと市役所職員だった伊藤さんが、なぜ豆腐作りを再開しようと?
A: 父母がやっていた豆腐屋を20年前に閉じた時、いつか再開できたらとレシピだけは書き残していました。本宅の建て替えで製造所も解体し、諦めかけたこともありましたが、退職を前に「地域に豆腐屋がなくなるのは寂しい」と強く思うようになり、決意しました。実は高校生の頃まで料理人を目指していたくらい料理が好きなんです。
Q:再開にあたって、特に苦労されたことは?
A: 正直、準備の段階は楽しかったんです。でもいざ製造を始めると、最初は納得のいく豆腐や油揚げが作れず、悩みました。今でも「毎回100点」は難しく、日々勉強です。
Q:地域の豆腐文化への想いをお聞かせください。
A: 市販の豆腐はほとんど外国産大豆。だから私は最初から「国産だけ」と決めていました。将来的には、地域の耕作放棄地を活用して大豆栽培にも取り組みたいと考えています。今は郡上市内の営農組合と契約し、郡上産大豆にこだわっています。
2. こだわりの製法と技術
Q:なぜ釜炊きという昔ながらの製法を選ばれたのですか?
A: 父もこの方法で作っていました。大釜で呉汁(すり潰した大豆)をじっくり炊くと、香ばしさが全然違う。市販品との差を感じてほしいんです。火加減が難しくて、焦がすとすべて台無し。でも、それがまた面白いんですよ。
Q:現在主流の蒸気製法との違いは?
A: 今は蒸気ボイラーで炊くのが一般的ですが、昔はどこも釜炊きでした。いまや手間がかかる分、珍しくなってしまった伝統です。
Q:職人として、もっとも技が問われる瞬間は?
A: にがりを打つときですね。ここで全てが決まる。そして型から外して切るときの仕上がり。ここに“手作り感”が出ます。
Q:ご自身の豆腐の魅力は?
A: 木綿豆腐は市販品よりも硬めで、大豆の香ばしさが際立ちます。油揚げは両親から受け継いだレシピで、一度食べたらハマる人が多いです。釜炊き絹ごしも柔らかくて、香り高く仕上がります。うの花(おからの炒り煮)も「しっとりして美味しい」と言っていただいています。
3. 素材へのこだわりと地域とのつながり
Q:使用している大豆「フクユタカ」の特徴は?
A: 豆腐に合う品種として知られていますが、粒の大きさや等級、天候の影響で質や収量にバラつきがあります。特に昨年(令和5年)は猛暑で郡上産はかなり減りました。だからこそ、地域内での安定した生産体制づくりが大切です。
Q:水へのこだわりはありますか?
A: 吉田川水系の地域に暮らしていますが、水道水は硬水寄り。豆腐には軟水が合うので、井戸を掘りました。結果的に硬度16という、豆腐づくりに理想的な水質でした。
Q:印象に残っているお客様の声は?
A: 試作段階ではいろんな方に味見していただき、「もう少し柔らかい方が…」など、貴重な意見をいただきました。今は「これが明宝とうふ甚四郎だ!」と言える固さに落ち着いています。揚げたての油揚げをその場で食べて「やっぱり思った通りうまい」と言ってくれたお客様の言葉が、とても嬉しかったです。
4. 自然との共存と工夫
Q:冬の明宝地域は雪も深いと思いますが、豆腐作りへの影響は?
A: 雪自体は除雪すれば大丈夫ですが、マイナス10℃になることもあるので、蒸気ボイラーの凍結にはかなり気を使います。初年度に凍結で配管が破裂したことも…。
Q:季節によって仕込みに違いはありますか?
A: 浸水時間が大きく変わります。冬は16時間、夏は6時間程度。気温によって日々調整が必要で、これが一番難しい。毎日が研鑽です。
5. これからの挑戦
Q:新商品の構想があれば教えてください。
A: 寄せとうふ、わさび豆腐、豆乳などを検討中です。
Q:今後挑戦したいことは?
A: まずは豆腐の生産量と販売の安定化。そのうえで棚田米の栽培拡大、どぶろくの製造準備も進めたいですね。将来的には道の駅で、豆腐田楽や串揚げの店舗販売もやってみたいです。漬物製造も趣味で研究しています。
Q:伝統の豆腐づくりを未来につなぐために、何をしていきたいですか?
A: この美しい山・川・空気・水のある明宝で、「豆腐づくりって儲かるんだよ」と実証したい。そして、それを継いでくれる人が出てきたら最高ですね。