にがりは“味”を決める
——固まるだけじゃない、豆腐の性格を左右する魔法のしずく
豆腐って、何からできていると思いますか?
多くの人は「大豆」「水」と答えるでしょう。 それはもちろん正解。でも、実はもう一つ、とても大事な要素があるんです。
それが——「にがり」。
大豆をすり潰して煮て、濾して、豆乳を取り出す。 この豆乳に“にがり”を加えることで、豆腐は初めて“固まる”という形になります。
でも、にがりはただ固めるだけじゃありません。 豆腐の“食感”と“味の印象”そのものを決める、重要な存在なのです。
■ にがりって、なに?
「にがり」とは、海水から塩を取り除いたあとに残る液体のこと。 主成分は塩化マグネシウム。天然のミネラルが多く含まれていて、苦みを持つことから「にがり」と呼ばれるようになりました。
昔ながらの製法では、塩を炊いて作った後の副産物として得られたこのにがりを、豆腐づくりに活用していました。 現代では、工業的に精製されたにがりや、凝固剤として別成分を使う方法もありますが、甚四郎では、昔ながらの天然にがりを使用しています。
■ 固めるだけじゃない、“味を作る”役割
にがりの面白さは、加える量・タイミング・温度によって、豆腐の表情が変わること。 多すぎれば固く締まりすぎてしまうし、少なければ柔らかすぎて崩れてしまう。 そして、にがりのミネラル成分が豆乳のタンパク質と反応することで、味や香り、舌ざわりまで変化するのです。
たとえば、同じ豆乳でも、にがりを“すっと静かに回す”か、“しっかりと混ぜる”かで、食感が変わります。 さらに、固まり始める時間や温度帯でも、「もっちり系」「ふんわり系」「プリンのようにとろける系」と、豆腐の性格ががらりと変わります。
■ 職人の一瞬が、豆腐のすべてを決める
私が豆腐づくりで一番緊張する瞬間が、「にがりを打つとき」です。 火加減を見ながら、豆乳の状態を見て、適切な濃度のにがりを加え、 ゆっくりと手を動かしながら混ぜる——この一瞬で、今日の豆腐の仕上がりが決まります。
“料理”というより“実験”に近い。でも、そこに技と感覚がいるところが面白い。 季節、気温、水温、豆の具合。毎日同じように作っても、結果が微妙に違うのが豆腐づくり。 だからこそ、「今日の豆腐、いい出来だったな」と思える日は嬉しいんです。
■ にがり豆腐のうまさは、“余白”にある
にがり豆腐は、味がクリアで、後味がすっきりしています。 ほんのり苦みが残るのは、ミネラルの証拠。 そして、このすっきり感こそが、大豆の甘みを引き立ててくれるのです。
余計な雑味がないから、塩で食べても美味しい。 薬味を乗せても、ダシで煮ても、素材の味がちゃんと生きる。 にがりが作り出すのは、“味の土台”とも言える静かな存在感です。
■ 豆腐の味は、にがりで決まる
豆腐は、「大豆の味」だけで決まるわけではありません。 どんな大豆を、どんな水で、どんな釜で炊いて、そして——どんなにがりで固めるか。
その一滴で、すべてが変わる。 にがりは、豆腐づくりにおける“最後の魔法”であり、“味を決める職人のタッチ”です。
手仕事の味って、きっとこういうところに出るのだと思っています。
✍️ 次回予告:「豆腐と味噌汁だけでいい」 ——豆腐が主役になる食卓の話。